慈久舎の成り立ち(2)

最終更新: 2018年11月4日

 前回に続き、慈久舎の成り立ちについて。

豊かさとは何か。これはかなり難しいテーマですが、私にとって豊かさとは、知識や経験の広さと深さがカギではないかと思います。

 ある例を紹介しましょう。最近のブドウ園では、種無しブドウによるブドウ狩りに人気があるそうです。なぜかというと種があると食べづらいし、子どもの喉に詰まるなど危険だからというのが理由です。一粒でも種が混ざっていたりすると大変な剣幕で怒り出す親もいるそうです。

 ところで、種無しブドウがどのようにしてできるかをご存知でしょうか。とても大雑把にいうと、生育の過程でブドウの房を"ジベレリン"という農薬(植物ホルモン)に漬け込むことで人工的に作っているのです。そう、農薬に房を丸ごと漬け込むのです。

 その一方で、オーガニック、有機農法、自然派○○、無農薬、などがその言葉の定義もあいまいなまま、盲目的にもてはやされている感があります。種のあるなしには過剰に敏感になる人のうち、種無しブドウの作り方・ジベレリンを知っている人がどのくらいいるのでしょうか。

 ちなみに私は節度ある農薬の利用は構わないと思っています。まじめな農家の方がどれだけ苦心して作物を育てているかを知れば、あるいは少しでも自分が果樹や野菜などの植物を栽培した経験があれば、単純に無農薬が良いなどとは言いづらいはずです。実際に日本人の平均寿命は延び続けいますが、無農薬の野菜・果樹しか食べていないのでしょうか?断言できないはずです。

 農薬の例はあくまで説明のための題材で、ここで科学的・統計的論争を繰り広げる気は全くありません。伝えたかったのは、身近な問題にもかかわらず、実は知らないで一方的に決めつけて世界を狭めていることがたくさんあるということです。種無しブドウを食べれれば満足、農薬を使ったものはダメで有機・無農薬でないと、、、これでは一見満足したかに見えても真に豊かにはなっているとは思えません。

 手にした一房のブドウから農家の人の足音が聞こえてくる、こんなイメージが持てることが豊かさなのではないでしょうか。


 話が広がり過ぎて書いている本人がどこへ向かっているのかわからなくなってきましたが次回に続きます。

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